プラヴィエクとそのほかの時代 (東欧の想像力)

ポーランドの架空の田舎町プラヴィエクの歴史が語られている。人々の情熱も、残虐な行為も、淡々とすぎる日常として描かれているので、読みやすいといえば読みやすい。ただ人名を覚えるのに苦労したのは、わたしがもの知らずなのか、ポーランド文学を本書で初めて経験した為なのか。とにかく手こずった。英語と違って、男女の区別もつかないんだもの！家人からアカサタナで終われば女性名だと教えられ、そこからは楽になったけれど。以下、一部ネタバレがありますので未読の方はご注意ください。黒い川のちかく。プラヴィエクの西で製粉所を営む、ニェビェスキ家。黒い川と白い川が交差する南の領主ポピュルスキ。彼は後に不可解なゲームにのめり込む。生涯を屋敷の屋根で過ごしたという変わり者のボスキ老人とその家族。ふたつの月に恨みを抱き、多くの犬たちと暮らす、老婆フロレンティカ。そして、孤児で躯を売って生きているクウォスカ。彼女に暗さはなく、あっけらかんとした明るさと強さで生きている。これらの人々を取り巻く、家族、村人の営みがこれでもかという情報量で描かれている。村人たちの生活はとてもリアルだ。白黒のドキュメンタリー映画でも観ている感じがする。そのなかに、混ざり合う神話がある。教会の聖像画からは女性の声が響きわたり。天使は赤子の元へ降り立つ。あるいは、妊婦へ別世界を観せる。一九三九年の夏には神はあらゆるもののなかにいて、クウォスカの乳は奇跡をおこす。けれど奇跡に触れた者は皆戦争中に亡くなっている。神と天使はいるが、人々を直接救うことはない。ドイツ軍がやって来て、後にロシア軍に村は占拠される。彼らは殺し合いをし、罪のない少女を犯す。それでいながら時には村人と屈託なく交流をもつ。ドイツ国防軍の青年は、これ以上軍が東に行きませんように、もと来た道を家に帰れますようにと願いながら、銃を撃つ。日常と神話が交差するように、普通の感覚と蛮行が交差していく。各章が様々な視点で描かれていく。印象的だったのは、ニェビェスキ家の娘ミシャの「コーヒー豆のようにちいさな自分が宮殿みたいに巨大なコーヒーミルの漏斗の中に落ちていく気がした」のくだりであった。人々の一生は短く、一人の人間は誰しもが無力だ。だがどんな時代も女たちは子どもを産み、育て、人間の営みは続いていく。きっと何度も読み返して、その度に新たな発見ができる一冊だと思った。☆五ケじゃ足りない！！